2020年02月13日

【備忘録】胃カメラの日

胃カメラを鼻から入れるようになって、数年が経ちます。

が。

毎年毎年、この時期が怖くて憂鬱で仕方ない。
もう前の日からよう眠れんくなって、朝から気持ちがざわざわ。

なのに終わってみると、「なんだ、言うほど大したことなかったな・・」
と、毎年毎年思うのです。

なので今年は、忘れない内に本日鼻から入れたカメラの感想を書き残し、来年、これを読み返すことで不安感の解消に努めたいと思います。

まず、白っぽい液体を紙コップ四分の一位の量、飲みます。
まずくも美味しくもなく、まぁ、どうでもいい作業のひとつです。

それ飲んで待つこと15分。スマホで、最近はまっているとある方のブログを読みながら、そこは結構ブログに夢中になって・笑、これから起こることをすっかり忘れつつ過ごします。

で、看護婦さんが来て、スマホをしまうように指示されまして(来年は見ながらでもいいような気がするんですけども)、その後、ベッドの上でごろんごろんと転がります。薬を胃に馴染ませるためですね。

その後、いよいよ先生登場。
両方の鼻に、鼻を広げる薬を噴射されます。
これが結構長い・笑
細い金具のようなものを両方の鼻に交互にいれられて、シュッシュッと、液体を噴射されるんですけど、
「先生、これ、いつまで続くんですか」と思わず言いたくなるくらい、そこそこ長いです。
感覚的に一噴きで終わりでいいじゃんと思うからなんでしょうね。
多分決められた容量があって、それを全部注ぎきるまでシュッシュッを続けるんだと思います。

そして待つこと・・忘れましたけど、そこそこ待ちます。
することないので、「帰ったらあれしよう」とか「これ食べよう」とかポジティブなことを考えて過ごします。ここで不安になってももう逃げ場なんてないどころか、頻脈やら不安感やらで苦しくなるばかりなので、不安にならないよう、意識をとにかく別のところに向けるって感じです。

そして再び先生登場。今度は片鼻(左)に、麻酔液を注入されます。
注射器みたいなもので、喉に冷たくて苦いものがとどくまで、ちゅーっっと入れられまして・笑
そこからがちょっと・・多分、全行程の中で一番不快な時間ですね。
麻酔のせいで喉がつまったような(実際はつまってないんですけど)、不快感にさいなまれます。

それから待つこと・・・結構待ったかな、忘れました。
ほどなくして鼻に細いチューブを入れられたのか、待たされた上で入れられたのか、そこはちょっと忘れてしまったんですが。
ただ、いずれにしても喉にひっきりなしに痰みたいなものが流れてきて、これはなんでそうなるのかよく分からないんですけど、それをティッシュに吐いて捨てる的な。
気持ちの悪さと喉の不快感に耐えるタイムがつづきます。
咳がしたくなってもちょっと思いっきりできない不安感もありましたね。
でも・・・そうですね、結構最後の方は、何も感じなくなりましたね。

ちなみにその間に鼻に細い管を差し込まれるわけですが、それは、本番前のテストみたいなものです。
差し込まれる瞬間、鼻の奥のあたりが、ちりっと痛いです。
「あ、痛い・・」と思う刹那、それはなくなりますけど、一秒か二秒くらい、痛みみたいなものはあります。

ただ、このタイムを乗り越えると、結構鼻は楽な感じで、あとは胃にカメラが入る時の不快感に対する不安だけですかね。
何年か前、先生がかなり奥の方、十二指腸くらいまでカメラで撮ろうとなさってくださって、お腹が気持ち悪くなったことが結構トラウマになってまして。
そのことへの不安がこみあげます。
が、胃の検査なんてここでしかしていないので、逆にここで見付け損ねたら、一年間放置するしかないわけですよ。
だったら今年は、多少苦しくても我慢しよう、何されても死ぬわけじゃないんだ、覚悟を新たにしました。

先生再び登場。細いチューブを抜かれ、太いチューブを入れられます。
その時もやっぱり鼻の奥がチリッと痛いですけど、まぁ、一秒くらいかな。
この後入るカメラがこれより細いことが分かっているので、ここを乗り越えると、なんか逆に安心感が強くなります。

ここで先生はもう退室せずに機械を起動。いよいよ検査されるーって空気になります。
看護婦さんがやってきて、麻酔薬を注射されるのもこの時です。
でも、今まで一度も利いたことないんですよね・笑
「これで寝る人なんているんですか」
「いますよ、今までどうでした?」
「一度も寝たことないです」
「逆にすぐ意識がなくなる麻酔も怖いですよね」
と、会話をすることで気持ちは結構リラックス。

準備を終えた先生がやってきて、鼻からチューブが抜かれ・・いよいよカメラが入れられます。
麻酔と鼻の穴が完全に広がっているせいか、痛みはないです。あってもチ、くらい・笑
でも喉を通っていく異物感? 異物感というか圧迫感というか、重量感はけっこうきます。
あー、入ってるわーって感じ。
これは勘違いでもなんでもなく、胃もずしっと重くなる感じで。

多分ひっきりなしに空気を入れられてるせいで、それでちょっとした胃の豊満感とかもあるんですかね。
痛みはないんですけど、胃が圧迫されているというか、やっぱり鼻と喉に何かつまってる感覚はありますね。
痛みは全くないんですけど(しつこい)、違和感というか、若干の気持ち悪さっていうのはありますね。

今回改めて思ったのは、先生に
「あと少しですよ」
と言われてからの方が辛かったということ!

あと少しと言われたから「あ、よかった」と気が抜けるんですけど、先生のあと少しと私のあと少しって、多分全然違うんですよ・笑
「あと少しって言ったじゃん!」
という不満と、一度気を抜いたことによる耐性の劣化とでもいうのか、次第に胃の重さや異物感に耐えられなくなってくるんです。

そういえば昨年も同じ感じになったわ、と思い出しました。
だから今回は、先生の「あと少しは」まだこの先一山あるということだと解釈を変更し、「しっかり見てもらうことの方が大事」と自分の感情をコントロールすることができました。

そして「終わりです」と言われてから鼻からカメラが抜かれるまでの速さときたら・笑
あれっという間に抜かれてました。

そして終わった後は、「なんだ、たいしたことなかったな」の一言です。
来年はこれを読み返して、それほど不安に思わないようにしたいと思います・笑



posted by 石田累 at 21:25| Comment(0) | 日記

2019年12月31日

西遊記 はじまりのはじまり【チャウ・シンチー/香港・2013】

【ストーリー】若き妖怪ハンター玄奘(ウェン・ジャン)は、“わらべ唄 三百首”を武器に妖怪たちの善の心を呼び起こそうとするがいつもうまくいかない。ある日、半魚半獣の妖怪に襲われた川辺の村で、彼が村人たちと協力して陸に上げた魔物が人間の姿に変身する。玄奘が歌うわらべ唄は全く効果がなく、逆に攻撃された彼を女性妖怪ハンターの段(スー・チー)が救う。
修業に励む玄奘は、料理店でも妖怪になったイノシシを取り逃がしてしまう。師匠はその妖怪を倒せるのは、
五指山のふもとに閉じ込められた孫悟空と聞かされ、なんとか五指山に辿り着くのだが―。(Amazonより)

チャウ・シンチーにはまるきっかけになった映画

 全く予備知識もないままに観た映画。
 その時の私は、執筆のバックミュージックとなる聞き流し映画を探しており、いくつか再生しては、「これは駄目だ」と冒頭数分でストップすることを繰り返していました。
 そこで目にとまったのがこの作品。見たこともない映画だし字幕だけど、ストーリーは知ってるし、まぁ、聞き流し映画にはぴったりかなと。
 で、再生。冒頭、いきなり出てきた超可愛い少女にまず「わっ、めちゃくちゃ可愛い子だな」と引きつけられてしまいます。
 後で知ったことですが、シンチー監督は、数万規模のオーディションで出演者を決めているそうです。
 この子もそれで抜擢されたのでしょうか? だとしたらあまりにも正解すぎて、何度このシーンを見直しても唸ってしまいます。
 そのくらい、少女の愛らしさと笑顔に引きつけられてしまいます。冒頭のまず最初のシーンがこれ。
 その少女と微笑ましい掛け合いをする漁師の父親。これでもかと見せつけられる少女の愛らしさ。
 しかしそのほのぼのシーンは一転、スピルバーグのジョーズっぽい様相を呈してきます。つまり水の中に正体不明の怪物がいて、少女の目の前でお父さんを惨殺しちゃうのです。
 え……、なんなの、この映画。コメディなの? ホラーなの?
 というのがここまで観た感想。
 そこで場面が一転して、父親の葬儀と祈祷師が怪物を退治するシーン。彼らの居住区が川の中にあるため、基本父親の惨殺シーンと同じ場所です。
 しかし退治したと思った怪物はただのエイ。それを告げに来たのが主役の玄奘ですが、職業は妖怪ハンター。正直あまりに頼りなさ過ぎて、この人が後の三蔵法師だとは思えない。
 その後、ようやく本物の怪物が現れ、なんと、狙いをつけたのが冒頭の少女。そして、皆が必死で助けようとしたにも関わらず、少女をあっさり殺してしまうのです。
 ここまでが異様に長いし、ここから、玄奘が妖怪を捕まえるまでも、また長い。
 ここ、物語の冒頭ですよね? と何度も首をかしげたくなる。まだ本筋に全然いってないですよね、と。
 しかし目が離せません。それは、この手のコメディアクションにありがちな、危険なところまで追い詰められるけど、ポイントとなる人物(このシーンでは少女)は助かるに違いないという予測が裏切られたことが大きいです。次なるターゲットとなったのは赤ん坊ですが、この子も殺されちゃうんじゃないかという心配でハラハラドキドキ。
 かなりの時間を要してこのシーンが収束した後、ようやくこの物語の主要人物と方向性が見えてくるのですが、そこまでの長さ……。バランスとして絶対変だけど、不思議に目が離せない。
 このアンバランスな面白さはどこかで体感したなと、その時ちらっと「少林サッカー」が頭によぎったのですが、正解でした。
 ここまで観た時点で、すでに聞き流し映画じゃなくなってしまって、当時は締め切りに追われていたのですが、本格的な視聴開始となりました。
 ここまでもネタバレしてますが、以下もネタバレありです。

どこまでもアンバランスな映画

 正直この映画が、本当にいいかどうかは、今でもよく分かりません。
 でも、少なくとも私は、日本語吹き替え版を観るためだけにその後DVDを購入。監督が違って評価が低いと知っていながらも続編を購入。今に至るまで、十回は見直しています。その程度には面白い。
 物語は異様に長かった冒頭から一転、今度は焼き豚店で、イケメン店長が笑顔で客を惨殺するシーンになります。
 コメディなんだけど、異様に怖くて、残酷。なんだろう、寄生獣でも観ているような感覚になりました。
 結局は、冒頭の魚怪物が沙悟浄、イケメン店長が猪八戒なのですが、予備知識がないと、それが何かの間違いとしか思えないような展開です。
 そういう残酷描写→退治、という繰り返しでいくのかと思いきや、ここから再び展開が変わってきて、玄奘と女妖怪ハンター段の恋の駆け引き――というより、あの手この手で迫ってくる段から、ひたすら玄奘が逃げるという展開になります。が、ここはもうベタなギャグのオンパレード。
 さして面白いわけでもないんですが、ついついクスッとしてしまう。強いて言えば「こんな馬鹿馬鹿しいこと、よくやるな」という感じでしょうか。
 その中で突然出てくる、キャラがたちまくった妖怪ハンターたち。「足じい」や「虚弱王子」など。……ここはもう思いっきり漫画的で、なんて贅沢な脇役なんだろうとワクワクしました。
 余談ですが、私は「ザ・レイドGOKUDOU」という映画が大好きで、この映画にも中盤、いきなりキャラが立った殺し屋たち登場し、漫画的ながらも極めて大真面目に残酷な殺戮をする場面があるのですが、それを思い出してしまいました。
 とはいえ、ここまで観て、ますますこの映画、何? と混乱してしまいました。なんかもう、色んな要素をごちゃごちゃに詰め込みすぎて、どういう心づもりで観ていいのかさっぱり分からない。
 なのに予測不能で面白い。本当に変な映画だと思いました。

そして哀しい結末へ

 同監督の「人魚姫」は、最初から強い悲恋臭……からの幸せなラストでしたが、西遊記は逆ですね。
 まさかこの展開で、最後にあんな悲劇が待っているとは思わなかったというのが正直なところです。
 しかし、これが「西遊記」の前日談だと知った上で観れば(途中からそれは分かっていますが)、段と玄奘が結ばれるはずがないわけで、自ずと悲劇に向かうしかない物語だと予測はついたのかもしれません。
 彼女の死亡フラグは、思えば至るところに立っていて、同じセリフを別の意味で死に際に繰り返すなど、随所に上手い伏線が張られています。これまたベタなほど分かりやすく。
 ある意味分かりやすい恋愛のセオリーを、くどいくらいのギャグでまぶして、わかりにくくしたといったところでしょうか。まんまと欺された――というわけではないですが、それでもこの展開からの悲劇は胸にきました。これもまた、一種の比較を使った効果なんでしょうね。

なのに清々しいラスト

 ここまで哀しい展開でも、なお見直してしまうほど、この映画のラストは清々しいです。
 それはちょっと言葉で説明するのは難しい。
 ラストは、ラスボス孫悟空(笑)と玄奘・如来の宇宙規模の戦いなのですが、よく分からないけど、なんかすごい感動的なものを観たな、という感じです。
 あまりに深い業を持つ邪悪妖怪、沙悟浄、猪八戒、孫悟空という弟子をつれて、ようやく天竺に向けて旅立った玄奘。ラストに流れた音楽には目が点になりました(笑)。
 ものすごくあってたのがこれまた意外で。
 これはぜひ、映画を観て味わって欲しいです。
posted by 石田累 at 09:27| Comment(0) | 日記

2019年08月04日

なつぞらは攻めている

以前からちょいちょい書いていますが、朝ドラ「なつぞら」を視聴しています。

前もちょこっと書きましたが、物語の吸引力としては少し弱い。でも、予想をちょいちょい裏切ってきて、不可思議な魅力があると。

私はそれは、脚本家さんが意図的になさっていることではないかと思うようになりました。

たとえば物語を盛り上げるための要素なら、素人の私にだって思いつきますし、ドラマ慣れした視聴者は、ある程度それを期待し、予想して見ています。
それをあえて避けている? というか、そこに大きく依存させずに話を進めているのではないかと。

上手くいえないのですけど、私はそのあたりの予測不可能性が面白くて、ついつい毎回見てしまいます。
そういった予定調和的なテンプレをあえて避けての上での冒険? かもしれないと思うと、失敗の許されない100作目で、すごいな、と思ってしまうわけです。

特にすごいと思うのが、ヒロインの造形です。
というのも、このなつぞら、要とも言えるヒロインの好感度を、あまり重視していないんじゃないかと思うんです。
素人の私でもそうですが、ヒロインを造形する時、まず好感度が持たれる造形になるよう心がけます。
もちろん人殺しを平気でするとか、なんの理由もなしに悪事を働くとか、親不孝をするとか、友達をさげすむとか、そんな基本中の基本の人間性で、好感度を貶めるようなことはしませんし、もちろんなつぞらもしていません。

私の場合TLですから、その舞台や読者層に見合った好感度を考えるわけですけども、朝ドラにも朝ドラに見合った好感度ってものがあると思うんです。
朝ドラは、私が思うに結構な保守層が見ているドラマではないかと思います。
そこで求められるのは、中高年以降の心に否応なしに深く根付いている良妻賢母的な……いわゆる昭和の家庭像、母親像ではないかと思うのです。
なつぞらは、それをあっさり斬り捨ててきた。

まず、ヒロインのなつは、ちっとも可愛くないのです。
広瀬すずさんが演じておられるので、容姿は超絶可愛いですけど、性格は全然可愛くない。
というより、超絶可憐な広瀬すずさんが演じていることで、キャラの毒性が緩和されているといっても過言ではないかと。
割と空気を読まない反応をする。ちょいちょい余計なことを言う(好感度的に)。
鈍い(好感度的に)。
恋愛に疎く、男性に全く依存しない、むしろ冷めている。
派手な服を着る。(この設定は、本当にすごいと思います。なにしろ広瀬すずさんは、清楚な服装な方が美しいからです。私は彼女が派手な服を着続けることが、現代の女性へのメッセージだと思っているのですが、当然、批判の声が大きいです)
苦労しない。(作中で殆ど触れられていないという意味で。しかしそれも、あざといお涙ちょうだいの展開を避けた脚本家の意図的な企みではないかと思えています)

あの広瀬すずさんを起用して、ここまで好感度を意識しないキャラに徹したのかという衝撃。
彼女は、結婚することが決まった同僚に婚約破棄を告げられても、目は潤んでいましたが毅然とそれに対応し、涙ひとつ溢さず「さよなら」と告げて席を立ちます。
この潔さ、男かと思いました。
そもそもプロポーズされたときも、数秒驚いただけで「はい、結婚します」というあっさりぶり。
むしろ、相手の男性の方が、女性のように戸惑っておりました。

そして極めつけは、結婚することを昔お世話になった人に告げにいったシーン。
「この人が、私の夫になる人です」
うわっ、なんて攻めてるんだ、とびっくりしました。
ここは……保守層が多くみている朝ドラでは……「私、この人の妻になります」でしょうよ。
私の夫、どこまでも自分主体。どこまでも対等。朝ドラで。
すげーな、と。

実は私、このドラマのネタバレを最終回までチェックしているのですが、これからどんどん攻めてきます。
絶対にすずがネットで批判される展開だけど、本当にここまでやるんだ、と。

その攻めの姿勢を徹底するために、安易な物語性を排除したのだとしたら、それはすごい冒険だな、と思っちゃったわけです。
ただ、「攻め」の姿勢と書きましたが、それは世界的には攻めでもなんでもない。
女性が男性と対等に働く。子供がいても対等に働く。当たり前の展開です。
先日、クリミナルマインドのシーズン10をようやく見たのですが、あの少ないメンバーで、しかも過酷な業務内容で、女性の1人が子持ち、1人が子持ち&妊婦という設定。男性も1人がシングルファザーです。
それが別になんのこともない普通の出来事として周囲に受け入れられています。

日本の朝ドラという舞台で、これまで保守向けだったものから舵を切ろうとしている。(多分半分青いもそうだったんじゃないかと思いますが、その後のまんぶくがもろ昭和の良妻賢母路線だったので)その姿勢がすごいなと思うのです。
願わくば、それがもう当たり前のスタンダードになって、その分物語をさらに面白く、充実させてくれたら言うことはありません。

というわけで、来週以降のなつぞらが楽しみです!












posted by 石田累 at 17:38| 日記