【ストーリー】若き妖怪ハンター玄奘(ウェン・ジャン)は、“わらべ唄 三百首”を武器に妖怪たちの善の心を呼び起こそうとするがいつもうまくいかない。ある日、半魚半獣の妖怪に襲われた川辺の村で、彼が村人たちと協力して陸に上げた魔物が人間の姿に変身する。玄奘が歌うわらべ唄は全く効果がなく、逆に攻撃された彼を女性妖怪ハンターの段(スー・チー)が救う。
修業に励む玄奘は、料理店でも妖怪になったイノシシを取り逃がしてしまう。師匠はその妖怪を倒せるのは、
五指山のふもとに閉じ込められた孫悟空と聞かされ、なんとか五指山に辿り着くのだが―。(Amazonより)
チャウ・シンチーにはまるきっかけになった映画
全く予備知識もないままに観た映画。
その時の私は、執筆のバックミュージックとなる聞き流し映画を探しており、いくつか再生しては、「これは駄目だ」と冒頭数分でストップすることを繰り返していました。
そこで目にとまったのがこの作品。見たこともない映画だし字幕だけど、ストーリーは知ってるし、まぁ、聞き流し映画にはぴったりかなと。
で、再生。冒頭、いきなり出てきた超可愛い少女にまず「わっ、めちゃくちゃ可愛い子だな」と引きつけられてしまいます。
後で知ったことですが、シンチー監督は、数万規模のオーディションで出演者を決めているそうです。
この子もそれで抜擢されたのでしょうか? だとしたらあまりにも正解すぎて、何度このシーンを見直しても唸ってしまいます。
そのくらい、少女の愛らしさと笑顔に引きつけられてしまいます。冒頭のまず最初のシーンがこれ。
その少女と微笑ましい掛け合いをする漁師の父親。これでもかと見せつけられる少女の愛らしさ。
しかしそのほのぼのシーンは一転、スピルバーグのジョーズっぽい様相を呈してきます。つまり水の中に正体不明の怪物がいて、少女の目の前でお父さんを惨殺しちゃうのです。
え……、なんなの、この映画。コメディなの? ホラーなの?
というのがここまで観た感想。
そこで場面が一転して、父親の葬儀と祈祷師が怪物を退治するシーン。彼らの居住区が川の中にあるため、基本父親の惨殺シーンと同じ場所です。
しかし退治したと思った怪物はただのエイ。それを告げに来たのが主役の玄奘ですが、職業は妖怪ハンター。正直あまりに頼りなさ過ぎて、この人が後の三蔵法師だとは思えない。
その後、ようやく本物の怪物が現れ、なんと、狙いをつけたのが冒頭の少女。そして、皆が必死で助けようとしたにも関わらず、少女をあっさり殺してしまうのです。
ここまでが異様に長いし、ここから、玄奘が妖怪を捕まえるまでも、また長い。
ここ、物語の冒頭ですよね? と何度も首をかしげたくなる。まだ本筋に全然いってないですよね、と。
しかし目が離せません。それは、この手のコメディアクションにありがちな、危険なところまで追い詰められるけど、ポイントとなる人物(このシーンでは少女)は助かるに違いないという予測が裏切られたことが大きいです。次なるターゲットとなったのは赤ん坊ですが、この子も殺されちゃうんじゃないかという心配でハラハラドキドキ。
かなりの時間を要してこのシーンが収束した後、ようやくこの物語の主要人物と方向性が見えてくるのですが、そこまでの長さ……。バランスとして絶対変だけど、不思議に目が離せない。
このアンバランスな面白さはどこかで体感したなと、その時ちらっと「少林サッカー」が頭によぎったのですが、正解でした。
ここまで観た時点で、すでに聞き流し映画じゃなくなってしまって、当時は締め切りに追われていたのですが、本格的な視聴開始となりました。
ここまでもネタバレしてますが、以下もネタバレありです。
どこまでもアンバランスな映画
正直この映画が、本当にいいかどうかは、今でもよく分かりません。
でも、少なくとも私は、日本語吹き替え版を観るためだけにその後DVDを購入。監督が違って評価が低いと知っていながらも続編を購入。今に至るまで、十回は見直しています。その程度には面白い。
物語は異様に長かった冒頭から一転、今度は焼き豚店で、イケメン店長が笑顔で客を惨殺するシーンになります。
コメディなんだけど、異様に怖くて、残酷。なんだろう、寄生獣でも観ているような感覚になりました。
結局は、冒頭の魚怪物が沙悟浄、イケメン店長が猪八戒なのですが、予備知識がないと、それが何かの間違いとしか思えないような展開です。
そういう残酷描写→退治、という繰り返しでいくのかと思いきや、ここから再び展開が変わってきて、玄奘と女妖怪ハンター段の恋の駆け引き――というより、あの手この手で迫ってくる段から、ひたすら玄奘が逃げるという展開になります。が、ここはもうベタなギャグのオンパレード。
さして面白いわけでもないんですが、ついついクスッとしてしまう。強いて言えば「こんな馬鹿馬鹿しいこと、よくやるな」という感じでしょうか。
その中で突然出てくる、キャラがたちまくった妖怪ハンターたち。「足じい」や「虚弱王子」など。……ここはもう思いっきり漫画的で、なんて贅沢な脇役なんだろうとワクワクしました。
余談ですが、私は「ザ・レイドGOKUDOU」という映画が大好きで、この映画にも中盤、いきなりキャラが立った殺し屋たち登場し、漫画的ながらも極めて大真面目に残酷な殺戮をする場面があるのですが、それを思い出してしまいました。
とはいえ、ここまで観て、ますますこの映画、何? と混乱してしまいました。なんかもう、色んな要素をごちゃごちゃに詰め込みすぎて、どういう心づもりで観ていいのかさっぱり分からない。
なのに予測不能で面白い。本当に変な映画だと思いました。
そして哀しい結末へ
同監督の「人魚姫」は、最初から強い悲恋臭……からの幸せなラストでしたが、西遊記は逆ですね。
まさかこの展開で、最後にあんな悲劇が待っているとは思わなかったというのが正直なところです。
しかし、これが「西遊記」の前日談だと知った上で観れば(途中からそれは分かっていますが)、段と玄奘が結ばれるはずがないわけで、自ずと悲劇に向かうしかない物語だと予測はついたのかもしれません。
彼女の死亡フラグは、思えば至るところに立っていて、同じセリフを別の意味で死に際に繰り返すなど、随所に上手い伏線が張られています。これまたベタなほど分かりやすく。
ある意味分かりやすい恋愛のセオリーを、くどいくらいのギャグでまぶして、わかりにくくしたといったところでしょうか。まんまと欺された――というわけではないですが、それでもこの展開からの悲劇は胸にきました。これもまた、一種の比較を使った効果なんでしょうね。
なのに清々しいラスト
ここまで哀しい展開でも、なお見直してしまうほど、この映画のラストは清々しいです。
それはちょっと言葉で説明するのは難しい。
ラストは、ラスボス孫悟空(笑)と玄奘・如来の宇宙規模の戦いなのですが、よく分からないけど、なんかすごい感動的なものを観たな、という感じです。
あまりに深い業を持つ邪悪妖怪、沙悟浄、猪八戒、孫悟空という弟子をつれて、ようやく天竺に向けて旅立った玄奘。ラストに流れた音楽には目が点になりました(笑)。
ものすごくあってたのがこれまた意外で。
これはぜひ、映画を観て味わって欲しいです。
2020年01月02日
西遊記 はじまりのはじまり【チャウ・シンチー/香港・2013】
posted by 石田累 at 21:51| Comment(0)
| 映画・ドラマ感想
2019年12月29日
人魚姫【チャウ・シンチー(香港/2016)】
【あらすじ】
海辺のリゾート開発を推し進める青年実業家リウによって環境を破壊された“人魚族"は、絶滅の危機に瀕していた。タコ兄をリーダーとする一族は「リウ暗殺計画」を実行に移すべく、キュートな人魚シャンシャンを人間に変装させリウとの急接近を試みる。
リウは横暴な美人投資家ルオランへのあてつけにシャンシャンとデートに出かけると、思いがけずその純真さに惹かれてしまう…
おカネだけが愛の対象だったリウと、彼を暗殺する気になれないシャンシャン。
二人の恋心とは裏腹に、人間vs.人魚族による武力戦へと発展していく──!(Amazonより)
個人的には近年最高の映画
チャウ・シンチーといえば、「少林サッカー」「カンフーハッスル」で情報が止まっていた私。
たまたま観た「西遊記 はじまりのはじまり」が異様に面白くて、あれ、この面白い感覚どこかで……
と思いながら監督を調べたら、チャウ・シンチーでした。
あ、そりゃ面白いわけだ。でも「カンフーハッスル」は私には全く合わなくて、以来日本ではあまり話題にもならなかったので、すでに過去の方……あるいは一発屋監督だと思ってました。恥ずかしい話です。
以来、むさぼるように同監督の作品を観たのですが、その中で自分的に衝撃的に最高だったのがこの作品。
たまたま書いていた小説の世界観……というか、空気感に通じるものがあったせいもあるのですが、少なく見積もっても2ヶ月の間に20回以上は観たと思います。聞き流すだけでも面白く、音楽だけでも味わい深い。そして何度観てもラストに至る展開は引きつけられ、うっすらと涙して幸福な気持ちに酔いしれる。そんな作品なのです。あ、書いてる内にまた観たくなってきた。
以下、ネタバレも含みます。
登場人物が全く魅力的ではない衝撃
これは同監督のパターンとも言える手法なんだそうですが(少林サッカーのヒロインなど)、この映画も、導入部はびっくりするほど誰にも感情移入できません。
まず、そもそも誰が主役か分からない・笑
途中で、この男がヒーローなのかな……と思ったのが、青年実業家リウなのですが、全く不快な人物として描かれています。これが韓国ドラマだったらスーパーイケメン要素でカバーできていたところでしょうが、申し訳ないけど全くイケメンに見えない。背も低く(実際はものすごく高い方でしたが、映画内では共演女優が長身のせいもあって低く見える)、髪型も昭和くさいし、服のセンスは成金そのもの。しかも口にちょび髭って・・・??
どういうキャラ? と思ってしまった。しかも金儲けのためなら環境破壊も厭わない傲慢パワハラ男で、女にもだらしくなく、どこをどうとってもヒーロー要素ゼロっていう……。
そして途中で登場したヒロイン、人魚のシャンシャンもこれまたひどい。人物が素直で可愛いというのはすぐに分かったのですが、ビジュアルがひどい。どぎつい化粧がドロドロに崩れて、警備員に不審者と間違えられて投げつけられた(この乱暴な扱いがもう日本映画じゃ考えられない)せいもあり、ろれつの回っていない、薬物中毒のやばい奴みたいな状態で、リウと初対面。体よく追い払った彼女を見送るリウの呟きは「なんじゃ、ありゃ?」
恋なんて芽生えるわけがない。
ええ? こんな二人がどうやって恋に落ちるの? しかもたった二時間足らずの尺で。
むしろそこに興味を引かれて、見続けることになりました。
見事な感情の変化
正直、何度途中でやめようと思ったか分からない導入部でしたが、それでも見続けるだけの吸引力はあります。たとえば人魚をCGでどう描くのかとかですかね。人魚族を苦しめているソナーの残酷さとか……。
そう、一見コメディ映画なんですけど、ところどころに、ちょっと目を離しがたい残酷さや、人魚寓話と似つかわしくない汚らしさがひそんでいるんですね。それが「変な映画……」と思いつつも、つい観てしまう理由なんじゃないかと思います。
それはさておき、恋愛小説を書いている私としては、この全く恋に落ちる気配もない二人がどうやって恋に落ちるのかってところが、ひたすら気になってました。
結論でいえば、最初のデートで二人は恋に落ちます。
ただしデートの半ばまで、リウはとことん嫌な奴だし、シャンシャンも(素顔はめちゃくちゃ可愛いのに)、リウに会う直前に、色々あってビジュアルがひどいことになってしまう。
でも、リウが守銭奴になった理由が子供時代の極貧生活にあったことや、シャンシャンに対してめちゃくちゃ酷い態度をとりながらも、最後は彼女を突き放しきれずに戻ってきてしまうところや(実はこの描写は二人の初対面シーンにもあります。シャンシャンが美人だからとかの理由ではなく、単に彼の心根の優しさからきていると分かる部分)、なんていうか、悪人になりきれない悪人なんだなって分かってくるあたりから、あれ? リウって案外いい奴なのかなと思えてくる。
で、一緒に歌を歌ったり、子供みたいに遊園地で遊ぶという、ミュージカル映画的な展開で二人は完全に意気投合。その頃には私も(そして当然ヒロインのシャンシャンも)、リウって、可愛いし憎めないし面白い奴、と思えてくる。
そのあたりの流れが見事だなと思いました。そこまでのリウが、常人とは明らかに違う思考を持った男(仕事や金がなにより大事なある種の異常性格者)として描かれているだけに、彼がたった数時間でシャンシャンを好きになったことが、逆に、全く違和感なく頭に入ってくる。
しかも、彼のビジュアルを台無しにしていた髭が、実はつけひげで、デートの最中にそれが取れて、案外可愛い顔だったっていう……。そこもとてもよかったです。
一方シャンシャンは、恋に落ちた、とまではいっていない。
ただ、彼女の目的はあくまでリウの暗殺なので(ドジっ子すぎてできる気配ゼロでしたが)、それができなくなっちゃったっていうのは観ててすごく分かりました。実はリウって、根はいい人で可愛いところもいっぱいあるんだ、殺さないといけないのは分かってるんだけど、殺したくない……そう葛藤する時点である意味恋に落ちてるんですが、シャンシャンはリウと違って感情の動きがスローなので、まだその自覚がもてないでいる。
この時点で自分の感情を「恋」と自覚する男と、それがまだ分からない女。
この感情のすれ違いが、物語を後半まで引っ張っていく力になります。
純愛と狂気
この物語を進行させるもう一つの側面に、狂気があります。
リウには、仕事上のパートナーである女性社長がいるのですが、彼女がシャンシャンへの嫉妬からどんどん狂気に落ちていく。
実はその女社長も、物語の冒頭ではリウをそこまで好きじゃなかったんですよね。むしろ育ちが悪いと軽蔑していたくらい。
なのに、悪びれもせずに純粋な愛情をシャンシャンに向けていくリウに、どんどん嫉妬心をかきたてられていく。最初、彼女がリウを軽蔑していたことも、むしろ彼女を狂気に落としていく理由のひとつなんですよね。なにしろ軽蔑していた男に――自分が軽くあしらえると思っていた男に、歯牙にもかけられなくなったわけですから。
ラスト、彼女は物語の世界観及び自分のキャリアや人生をぶち壊すレベルの報復行為に走るのですが、そこに至る感情の流れも、手に取るように分かる辺りがすごいなぁと。
なにしろ、物語の導入部、●シャンシャンはリウを殺したい。●リウはシャンシャンに全く興味がない。●女社長はリウを軽蔑。という人間関係だったのが、●シャンシャンは仲間の人魚族を裏切ってもリウを助けたい、●リウは自分の命を捨ててもシャンシャンを守りたい、●女社長は自分の人生を捨ててもリウとシャンシャンに復讐したいというところまで、高めていくわけです。ほんと、この感情の変化の流れは上手いと思ったなぁ。
そして女社長が見せる狂気が、いっそうシャンシャンとリウの切ない純愛をひきたてているのも素晴らしいです。純愛と狂気が物語の中で同時進行で進んでいく。それが双方の感情を際立たせていて、実に見事だなぁと思いました。
終盤に向けての怒濤の展開
そもそも人魚と人間の恋ってだけで、悲恋めいていますし、最初からハッピーエンドはあまり期待できない展開でした。
童話の人魚姫は、足が生えますけど、シャンシャンは基本、魚のままなんですよね。
ひれを切って、そこに靴を履いて、ロングスカートで下半身を隠してちょこちょこ歩くって言う……
これ、ありなの?っていう設定。匂いとか……まぁ、気にするだけ野暮ですけど。
しかも、リウとシャンシャンがいい雰囲気になる場面で必ず流れる、コメディ映画らしからぬ切ない劇伴……。
最初から悲劇に向かう恋なんだなというのが、中盤あたりから予感できます。
そして、こっちが想定していた以上の超弩級の悲劇が起こります。
その残酷さたるや……、この映画、何? このアンバランスさって何?
と、息をのむレベルです。しかしある意味、そのアンバランスさがチャウ・シンチー監督の魅力なわけでして。……それにしても、あのシーンだけはなかなか直視するには辛いものがあります。
映画のレビューを観ていると、そのシーンへの否定意見が多く見られましたが、個人的には必要なシーンであったと思います。あの揺さぶりがあったからこそ、ラスト、心臓を鷲づかみにされるほどの緊迫感が生まれれたのではないかと。
基本こっちはコメディ映画として観ているので、その部分をぬるくしちゃったら、結局は助かるんだよね、という安心感が出てしまったのではないかと思います。そうなると、シャンシャンとリウが生きるか死ぬか、というラストに繋がるシーンは、あまり真剣に観られなかったんじゃないかな、と。
これは「西遊記、はじまりのはじまり」でも感心した同監督の手法で、惜しみなく残酷な現実を描くことで、ともすれば冗漫になりがちなアクションシーンを緊迫感を持って見続けさせているのではないかと思います。ただ、結末を知らずに観ると本当に心臓に悪いですけどね……。
魅力的な脇役たち
観られた方なら、すぐに出てくると思いますが、なんといっても「タコ兄」です。
彼のキャラの面白さは、ぜひ映画を観て体感していただきたい。ビジュアルがギャグそのものでも、本人のやってることは真剣な暗殺計画。そのギャップがとても面白い。
タコ兄がシャンシャンを好きで、シャンシャンに全くその気がないというのは、序盤ですぐに分かります。
上手いなと思うのが、二人の感情を説明するセリフや、二人の恋愛ためだけのシーンが全くないというところ。あくまでリウの暗殺計画の中で、タコ兄の表情や態度で、「あ、この人シャンシャンがすごく好きなんだな、好きだけど言い出せないんだな」というのがよく分かる作りになっています。
二人のためだけの会話やシーンを入れたら、物語の流れが分断されますからね。あくまで脇役として、本筋を脱線させることなく描きつつも、その中でしっかりと感情を見せてくる。これは見習いたいなと思いました。
シャンシャンに裏切られながらも、ラスト、何も言わずにシャンシャンを救おうとするシーンは、もう涙が……。彼がシャンシャンを見つめる眼差しだけで、「俺が絶対に守ってやる」というのが伝わってきて、切なくなります。でも切なさに浸りきれないビジュアルなのが、これまた哀しくて面白い。そんな絶妙なキャラなのです。
そしてもう一つ、リウのボディガード集団が面白い。一見いかつくて真面目で、いかにも悪の手先めいた雰囲気なのに、実は全員馬鹿だっていう……。
ただし、ヒーロー、ヒロインサイドの脇役が全員憎めない人物として描かれていたことに対して、女社長側の人物は、相当悪辣に描かれていました。
私の一番好きなシーン
これはもう完全にネタバレになりますけど、半死半生のシャンシャンを、リウが海に帰すシーンです。
その時点で、リウも胸に2本ボーガンが刺さっているという状況で、はっきり言って、二人とも死んでも不思議ではないくらい重傷を負っています。
シャンシャンにいたっては目をそむけたくなるほど酷い有様で、半分死んだようなシャンシャンを横抱きにして、リウは海に向かいます。
ちなみにこのシーンまで、二人が愛の言葉を交わす場面はありません。リウは告白してますけど、シャンシャンはそれに言葉で応えてはいない。
ちなみにこのシーンに至るまでに、人魚族と人間の間には、修復不可能だと思えるほどの残酷な出来事が起きています。それがリウのせいではないにせよ、もう二人が結ばれることはないと思わせるほどの悲劇です。
つまり生きるにせよ死ぬにせよ、二人にとっては、これが今生の別れだろうと。
私はここで、二人が「愛してる」的な言葉を交わすだろうと予測していました。しかし、予想に反して、二人は目さえあわせなかったのです。
目を合わせなかったのは、二人ともあまりに重傷を負いすぎていて、互いを見つめ合う余裕がなかったからです(あくまで物語上の理由として。演出上の理由は多分別にあるんでしょうけど、ここでは私の感じたことだけを書きます)。リウがシャンシャンを見るとき、シャンシャンはぐったりとなっている。シャンシャンがリウを見上げる時、リウは蒼白な顔で、ただ前を見て歩いているといった風に。
そしていよいよ海に彼女を投げ込む直前、リウは最後に彼女を見下ろしますが、もうシャンシャンは目を閉じていてリウを見上げる余裕がない。
それでも、リウはただ彼女を海に帰してあげられる安堵感で、ほんのわずかだけ微笑み、あとは一切のためらいもなく、彼女を海に帰してあげるのです。
このシーンを最初見た時は、「あれ、何も言わず? アイコンタクトもなく?」と思ったのですが、何度か見返す内に、リウの何ひとつ見返りを求めない純粋な愛が分かって、胸が切なくなりました。
そのまま倒れてしまうリウ。そこからの美しいラストは、ぜひ映画を観て頂きたいなと思います。
海辺のリゾート開発を推し進める青年実業家リウによって環境を破壊された“人魚族"は、絶滅の危機に瀕していた。タコ兄をリーダーとする一族は「リウ暗殺計画」を実行に移すべく、キュートな人魚シャンシャンを人間に変装させリウとの急接近を試みる。
リウは横暴な美人投資家ルオランへのあてつけにシャンシャンとデートに出かけると、思いがけずその純真さに惹かれてしまう…
おカネだけが愛の対象だったリウと、彼を暗殺する気になれないシャンシャン。
二人の恋心とは裏腹に、人間vs.人魚族による武力戦へと発展していく──!(Amazonより)
個人的には近年最高の映画
チャウ・シンチーといえば、「少林サッカー」「カンフーハッスル」で情報が止まっていた私。
たまたま観た「西遊記 はじまりのはじまり」が異様に面白くて、あれ、この面白い感覚どこかで……
と思いながら監督を調べたら、チャウ・シンチーでした。
あ、そりゃ面白いわけだ。でも「カンフーハッスル」は私には全く合わなくて、以来日本ではあまり話題にもならなかったので、すでに過去の方……あるいは一発屋監督だと思ってました。恥ずかしい話です。
以来、むさぼるように同監督の作品を観たのですが、その中で自分的に衝撃的に最高だったのがこの作品。
たまたま書いていた小説の世界観……というか、空気感に通じるものがあったせいもあるのですが、少なく見積もっても2ヶ月の間に20回以上は観たと思います。聞き流すだけでも面白く、音楽だけでも味わい深い。そして何度観てもラストに至る展開は引きつけられ、うっすらと涙して幸福な気持ちに酔いしれる。そんな作品なのです。あ、書いてる内にまた観たくなってきた。
以下、ネタバレも含みます。
登場人物が全く魅力的ではない衝撃
これは同監督のパターンとも言える手法なんだそうですが(少林サッカーのヒロインなど)、この映画も、導入部はびっくりするほど誰にも感情移入できません。
まず、そもそも誰が主役か分からない・笑
途中で、この男がヒーローなのかな……と思ったのが、青年実業家リウなのですが、全く不快な人物として描かれています。これが韓国ドラマだったらスーパーイケメン要素でカバーできていたところでしょうが、申し訳ないけど全くイケメンに見えない。背も低く(実際はものすごく高い方でしたが、映画内では共演女優が長身のせいもあって低く見える)、髪型も昭和くさいし、服のセンスは成金そのもの。しかも口にちょび髭って・・・??
どういうキャラ? と思ってしまった。しかも金儲けのためなら環境破壊も厭わない傲慢パワハラ男で、女にもだらしくなく、どこをどうとってもヒーロー要素ゼロっていう……。
そして途中で登場したヒロイン、人魚のシャンシャンもこれまたひどい。人物が素直で可愛いというのはすぐに分かったのですが、ビジュアルがひどい。どぎつい化粧がドロドロに崩れて、警備員に不審者と間違えられて投げつけられた(この乱暴な扱いがもう日本映画じゃ考えられない)せいもあり、ろれつの回っていない、薬物中毒のやばい奴みたいな状態で、リウと初対面。体よく追い払った彼女を見送るリウの呟きは「なんじゃ、ありゃ?」
恋なんて芽生えるわけがない。
ええ? こんな二人がどうやって恋に落ちるの? しかもたった二時間足らずの尺で。
むしろそこに興味を引かれて、見続けることになりました。
見事な感情の変化
正直、何度途中でやめようと思ったか分からない導入部でしたが、それでも見続けるだけの吸引力はあります。たとえば人魚をCGでどう描くのかとかですかね。人魚族を苦しめているソナーの残酷さとか……。
そう、一見コメディ映画なんですけど、ところどころに、ちょっと目を離しがたい残酷さや、人魚寓話と似つかわしくない汚らしさがひそんでいるんですね。それが「変な映画……」と思いつつも、つい観てしまう理由なんじゃないかと思います。
それはさておき、恋愛小説を書いている私としては、この全く恋に落ちる気配もない二人がどうやって恋に落ちるのかってところが、ひたすら気になってました。
結論でいえば、最初のデートで二人は恋に落ちます。
ただしデートの半ばまで、リウはとことん嫌な奴だし、シャンシャンも(素顔はめちゃくちゃ可愛いのに)、リウに会う直前に、色々あってビジュアルがひどいことになってしまう。
でも、リウが守銭奴になった理由が子供時代の極貧生活にあったことや、シャンシャンに対してめちゃくちゃ酷い態度をとりながらも、最後は彼女を突き放しきれずに戻ってきてしまうところや(実はこの描写は二人の初対面シーンにもあります。シャンシャンが美人だからとかの理由ではなく、単に彼の心根の優しさからきていると分かる部分)、なんていうか、悪人になりきれない悪人なんだなって分かってくるあたりから、あれ? リウって案外いい奴なのかなと思えてくる。
で、一緒に歌を歌ったり、子供みたいに遊園地で遊ぶという、ミュージカル映画的な展開で二人は完全に意気投合。その頃には私も(そして当然ヒロインのシャンシャンも)、リウって、可愛いし憎めないし面白い奴、と思えてくる。
そのあたりの流れが見事だなと思いました。そこまでのリウが、常人とは明らかに違う思考を持った男(仕事や金がなにより大事なある種の異常性格者)として描かれているだけに、彼がたった数時間でシャンシャンを好きになったことが、逆に、全く違和感なく頭に入ってくる。
しかも、彼のビジュアルを台無しにしていた髭が、実はつけひげで、デートの最中にそれが取れて、案外可愛い顔だったっていう……。そこもとてもよかったです。
一方シャンシャンは、恋に落ちた、とまではいっていない。
ただ、彼女の目的はあくまでリウの暗殺なので(ドジっ子すぎてできる気配ゼロでしたが)、それができなくなっちゃったっていうのは観ててすごく分かりました。実はリウって、根はいい人で可愛いところもいっぱいあるんだ、殺さないといけないのは分かってるんだけど、殺したくない……そう葛藤する時点である意味恋に落ちてるんですが、シャンシャンはリウと違って感情の動きがスローなので、まだその自覚がもてないでいる。
この時点で自分の感情を「恋」と自覚する男と、それがまだ分からない女。
この感情のすれ違いが、物語を後半まで引っ張っていく力になります。
純愛と狂気
この物語を進行させるもう一つの側面に、狂気があります。
リウには、仕事上のパートナーである女性社長がいるのですが、彼女がシャンシャンへの嫉妬からどんどん狂気に落ちていく。
実はその女社長も、物語の冒頭ではリウをそこまで好きじゃなかったんですよね。むしろ育ちが悪いと軽蔑していたくらい。
なのに、悪びれもせずに純粋な愛情をシャンシャンに向けていくリウに、どんどん嫉妬心をかきたてられていく。最初、彼女がリウを軽蔑していたことも、むしろ彼女を狂気に落としていく理由のひとつなんですよね。なにしろ軽蔑していた男に――自分が軽くあしらえると思っていた男に、歯牙にもかけられなくなったわけですから。
ラスト、彼女は物語の世界観及び自分のキャリアや人生をぶち壊すレベルの報復行為に走るのですが、そこに至る感情の流れも、手に取るように分かる辺りがすごいなぁと。
なにしろ、物語の導入部、●シャンシャンはリウを殺したい。●リウはシャンシャンに全く興味がない。●女社長はリウを軽蔑。という人間関係だったのが、●シャンシャンは仲間の人魚族を裏切ってもリウを助けたい、●リウは自分の命を捨ててもシャンシャンを守りたい、●女社長は自分の人生を捨ててもリウとシャンシャンに復讐したいというところまで、高めていくわけです。ほんと、この感情の変化の流れは上手いと思ったなぁ。
そして女社長が見せる狂気が、いっそうシャンシャンとリウの切ない純愛をひきたてているのも素晴らしいです。純愛と狂気が物語の中で同時進行で進んでいく。それが双方の感情を際立たせていて、実に見事だなぁと思いました。
終盤に向けての怒濤の展開
そもそも人魚と人間の恋ってだけで、悲恋めいていますし、最初からハッピーエンドはあまり期待できない展開でした。
童話の人魚姫は、足が生えますけど、シャンシャンは基本、魚のままなんですよね。
ひれを切って、そこに靴を履いて、ロングスカートで下半身を隠してちょこちょこ歩くって言う……
これ、ありなの?っていう設定。匂いとか……まぁ、気にするだけ野暮ですけど。
しかも、リウとシャンシャンがいい雰囲気になる場面で必ず流れる、コメディ映画らしからぬ切ない劇伴……。
最初から悲劇に向かう恋なんだなというのが、中盤あたりから予感できます。
そして、こっちが想定していた以上の超弩級の悲劇が起こります。
その残酷さたるや……、この映画、何? このアンバランスさって何?
と、息をのむレベルです。しかしある意味、そのアンバランスさがチャウ・シンチー監督の魅力なわけでして。……それにしても、あのシーンだけはなかなか直視するには辛いものがあります。
映画のレビューを観ていると、そのシーンへの否定意見が多く見られましたが、個人的には必要なシーンであったと思います。あの揺さぶりがあったからこそ、ラスト、心臓を鷲づかみにされるほどの緊迫感が生まれれたのではないかと。
基本こっちはコメディ映画として観ているので、その部分をぬるくしちゃったら、結局は助かるんだよね、という安心感が出てしまったのではないかと思います。そうなると、シャンシャンとリウが生きるか死ぬか、というラストに繋がるシーンは、あまり真剣に観られなかったんじゃないかな、と。
これは「西遊記、はじまりのはじまり」でも感心した同監督の手法で、惜しみなく残酷な現実を描くことで、ともすれば冗漫になりがちなアクションシーンを緊迫感を持って見続けさせているのではないかと思います。ただ、結末を知らずに観ると本当に心臓に悪いですけどね……。
魅力的な脇役たち
観られた方なら、すぐに出てくると思いますが、なんといっても「タコ兄」です。
彼のキャラの面白さは、ぜひ映画を観て体感していただきたい。ビジュアルがギャグそのものでも、本人のやってることは真剣な暗殺計画。そのギャップがとても面白い。
タコ兄がシャンシャンを好きで、シャンシャンに全くその気がないというのは、序盤ですぐに分かります。
上手いなと思うのが、二人の感情を説明するセリフや、二人の恋愛ためだけのシーンが全くないというところ。あくまでリウの暗殺計画の中で、タコ兄の表情や態度で、「あ、この人シャンシャンがすごく好きなんだな、好きだけど言い出せないんだな」というのがよく分かる作りになっています。
二人のためだけの会話やシーンを入れたら、物語の流れが分断されますからね。あくまで脇役として、本筋を脱線させることなく描きつつも、その中でしっかりと感情を見せてくる。これは見習いたいなと思いました。
シャンシャンに裏切られながらも、ラスト、何も言わずにシャンシャンを救おうとするシーンは、もう涙が……。彼がシャンシャンを見つめる眼差しだけで、「俺が絶対に守ってやる」というのが伝わってきて、切なくなります。でも切なさに浸りきれないビジュアルなのが、これまた哀しくて面白い。そんな絶妙なキャラなのです。
そしてもう一つ、リウのボディガード集団が面白い。一見いかつくて真面目で、いかにも悪の手先めいた雰囲気なのに、実は全員馬鹿だっていう……。
ただし、ヒーロー、ヒロインサイドの脇役が全員憎めない人物として描かれていたことに対して、女社長側の人物は、相当悪辣に描かれていました。
私の一番好きなシーン
これはもう完全にネタバレになりますけど、半死半生のシャンシャンを、リウが海に帰すシーンです。
その時点で、リウも胸に2本ボーガンが刺さっているという状況で、はっきり言って、二人とも死んでも不思議ではないくらい重傷を負っています。
シャンシャンにいたっては目をそむけたくなるほど酷い有様で、半分死んだようなシャンシャンを横抱きにして、リウは海に向かいます。
ちなみにこのシーンまで、二人が愛の言葉を交わす場面はありません。リウは告白してますけど、シャンシャンはそれに言葉で応えてはいない。
ちなみにこのシーンに至るまでに、人魚族と人間の間には、修復不可能だと思えるほどの残酷な出来事が起きています。それがリウのせいではないにせよ、もう二人が結ばれることはないと思わせるほどの悲劇です。
つまり生きるにせよ死ぬにせよ、二人にとっては、これが今生の別れだろうと。
私はここで、二人が「愛してる」的な言葉を交わすだろうと予測していました。しかし、予想に反して、二人は目さえあわせなかったのです。
目を合わせなかったのは、二人ともあまりに重傷を負いすぎていて、互いを見つめ合う余裕がなかったからです(あくまで物語上の理由として。演出上の理由は多分別にあるんでしょうけど、ここでは私の感じたことだけを書きます)。リウがシャンシャンを見るとき、シャンシャンはぐったりとなっている。シャンシャンがリウを見上げる時、リウは蒼白な顔で、ただ前を見て歩いているといった風に。
そしていよいよ海に彼女を投げ込む直前、リウは最後に彼女を見下ろしますが、もうシャンシャンは目を閉じていてリウを見上げる余裕がない。
それでも、リウはただ彼女を海に帰してあげられる安堵感で、ほんのわずかだけ微笑み、あとは一切のためらいもなく、彼女を海に帰してあげるのです。
このシーンを最初見た時は、「あれ、何も言わず? アイコンタクトもなく?」と思ったのですが、何度か見返す内に、リウの何ひとつ見返りを求めない純粋な愛が分かって、胸が切なくなりました。
そのまま倒れてしまうリウ。そこからの美しいラストは、ぜひ映画を観て頂きたいなと思います。
posted by 石田累 at 23:14| 映画・ドラマ感想